京都・伏見の藤森神社は、勝運と学問、そして馬の神様として知られる古社です。
競馬ファンの間では「一度は参拝したい聖地」として名前が挙がりますし、午年や端午の節句の時期には、馬や干支に関心のある人が多く訪れます。
とはいえ、初めて名前を聞いた人にとっては「どうしてここまで“馬”と結びついているのか」が少し分かりにくいかもしれません。
この記事では、藤森神社と馬の深い関係を、歴史・地理・文化・現代の競馬界という四つの視点から整理して解説します。
あわせて、馬や競馬のご利益を願う参拝のしかたや、駈馬神事(かけうましんじ)を見るときのポイントも紹介しますので、参拝や旅行の計画に役立ててくださいませ。
藤森神社はどんな神社か|まずは全体像をおさえる
勝運と学問の神様としての顔
藤森神社は、神功皇后が軍中の大旗を立て、兵具を納めて神祀りを行ったことが始まりと伝えられる、約1800年の歴史をもつ古社です。
主祭神の素戔嗚尊(すさのおのみこと)のほか、神功皇后(じんぐうこうごう)、舎人親王(とねりしんのう)、早良親王(さわらしんのう)など、多くの武神や学問の神が祀られており、古くから「武運長久」「勝運」「学業成就」のご利益で信仰を集めてきました。
5月5日に行われる藤森祭は「菖蒲の節句」発祥の祭とされ、菖蒲が尚武、さらに勝負へ通じることから、勝運を願う人が多く訪れます。
受験シーズンには、学問の祖とされる舎人親王にあやかろうと、多くの受験生や家族が合格祈願に訪れるなど、「勝負どきに頼りたくなる神社」としても知られています。
馬・競馬と深く結びつく神社としての顔
もう一つの大きな特徴が、「馬の神様」としての側面です。
5月5日の藤森祭で奉納される駈馬神事は、走る馬の上で逆立ちや一字書きなどの妙技を披露する勇壮な行事で、京都市登録無形民俗文化財にも指定されています。
境内には、神馬像や馬の吐水口を備えた手水舎、白馬が描かれた自動販売機、競走馬の絵馬など、馬にまつわるモチーフが至るところに見られます。
競馬関係者や馬主、新人騎手が安全と勝利を祈って訪れることでも有名で、11月には「駪駪祭(しんしんさい)」と呼ばれる馬と競馬の関係者が集う神事も行われています。
こうした要素が積み重なり、「藤森神社=馬の神社」というイメージが広く浸透していきました。
では、その背景をもう少し掘り下げて見ていきましょう。
なぜ藤森神社は「馬の神社」と呼ばれるのか
早良親王の戦勝祈願から始まった駈馬神事
藤森神社と馬の関係を語るうえで、まず外せないのが駈馬神事です。
その由来は、奈良時代の天応元年(781年)、早良親王が陸奥の反乱鎮圧を命じられた際、藤森神社で戦勝を祈願し出陣したことにあると伝えられています。
このときの出陣の様子を再現する形で、武官や馬術指南役たちが馬上で妙技を披露したのが駈馬神事の始まりとされています。
戦場で敵の矢を避けたり、情報を伝えたりするための実戦的な馬術が、やがて「手綱潜り」「横乗り」「逆立ち」「藤下がり」「一字書き」などの技として洗練され、現在にまで受け継がれてきました。
つまり、藤森神社の駈馬神事は、単なる曲芸ではなく、もともとは命がかかった戦場の技を神前に奉納する行為でした。
人と馬が一体となって戦いを乗り越えようとする姿が、信仰の中で「馬の守護神」「勝負運を授ける神」としてのイメージを強めていったと言えます。
午の方角を守る社としての役割
藤森神社が「馬の神社」とされる理由には、地理的な背景もあります。
干支は方角を表すときにも使われ、南は「午(うま)」の方角とされます。
藤森神社は、平安京から見て南、つまり午の方角に位置することから、午の方位を守る社としても位置づけられてきました。
この「午の方角」と「馬(午)」の結びつきに、先ほどの駈馬神事、そして菖蒲の節句=勝負運という要素が重なり、
「南(午)の方角を守る」「馬の守護神」「勝負の神様」というイメージが一体となって、現在の「馬の神社」という認識につながっています。
タマモクロスと藤森ステークスが生んだ“競馬の聖地”イメージ
近代以降、藤森神社と競馬界のつながりを決定的に強めたのが、天皇賞馬タマモクロスのエピソードです。
京都競馬場では、藤森神社にちなんだ競走「藤森ステークス」が行われていますが、1987年にこのレースでタマモクロスが勝利した際、馬主が藤森神社へ参拝したと伝えられています。
翌年、タマモクロスは天皇賞春秋連覇を達成し、この「お礼参りと飛躍」のエピソードが広まったことで、「勝ち馬の神社」として競馬ファンの間で一気に知名度が高まりました。
現在でも、騎手や調教師、馬主が人馬安全や勝利祈願のために参拝し、11月の駪駪祭には多くの関係者やファンが訪れます。
こうした近代競馬との具体的なつながりが、藤森神社を「競馬の聖地」として定着させました。
境内じゅうに広がる「馬づくし」の景色
境内を歩くと、「ここまで馬だらけの神社は珍しい」と感じるほど、馬に関するものが目に入ってきます。
拝殿前の大絵馬には、白い神馬や「馬九いく(うまくいく)」と名付けられた九頭の馬が描かれ、勝運や健康、経済、希望など九つの幸せが表現されています。
手水舎の吐水口は龍ではなく馬の像、境内の自販機にも白馬が描かれ、ドリンクを買うと馬のいななきと宮司のメッセージが流れるという、遊び心のある仕掛けまであります。
社務所に並ぶお守りや御朱印も、勝ち馬・勝運・馬をモチーフにしたものが多く、御朱印帳や絵馬にも馬の図柄が使われています。
このように、境内の視覚的な情報も「ここは馬と勝運の神社だ」と強く印象づけてくれます。
駈馬神事で読み解く「馬と人」の歴史
技の種類と意味をやさしく整理
駈馬神事では、およそ200メートルの参道を馬が一気に駆け抜け、その途中で乗り手がさまざまな技を披露します。
代表的な技には、次のようなものがあります。
- 手綱潜り:降りしきる矢の中をかいくぐるように、身体を低くして駆け抜ける技
- 逆乗り(地藏):後ろ向きに乗り、敵の動きを見ながら駆ける技
- 矢払い:敵の矢を打ち払いながら駆ける技
- 横乗り:馬の横側に身体を寄せ、姿を隠して駆ける技
- 逆立ち(杉立ち):敵の前であえて逆立ちすることで、相手を挑発する技
- 藤下がり:矢に当たったかのように身体を落とし、油断を誘う技
- 一字書き:走る馬上から筆で文字を書き、前線から後方へ情報を伝えた技に由来
どの技も、戦場で生き延びるための知恵や工夫から生まれたとされ、人と馬が一体となって危険を乗り切ろうとする姿が、形を変えて現代に伝わっていると言えます。
無形民俗文化財として守られている理由
駈馬神事は、長い歴史だけでなく、その継承の難しさからも貴重な文化財とされています。
参道は専用の競馬場ではなく、普段は一般の参拝者も歩く場所であるため、馬の訓練や保険の面でも大きな工夫が必要です。
乗り手たちは、日頃はドラム缶を馬に見立てて鞍の装着や技の練習を行い、本番に向けて準備を重ねています。
一方で、走る馬上で技を行うのは、基本的に本番のみという「ぶっつけ本番」の性格も残されています。
この緊張感と危険性、そして地域の人々や保存会の強い使命感が合わさることで、駈馬神事は単なる観光イベントではない「祈りの場」として受け継がれています。
見学するときの基本マナーと注意点
駈馬神事を見学する際は、観客側のマナーも非常に重要です。
ストロボやフラッシュ撮影、日傘を開いたままの観覧、風船を大きく揺らすといった行為は、馬が驚いて乗り手が落馬する危険につながるため、控えるように求められています。
また、馬場が比較的近い距離にあるため、係員や警備員の指示に従い、乗り手や馬の動きを妨げない位置から見学することが大切です。
見学に集中するあまり、足元がおろそかになったり、撮影に夢中になって前へ出過ぎたりしないよう、周囲の人と譲り合って楽しみましょう。
目的別|馬や競馬のご利益を願う参拝のしかた
競馬ファン・馬主・騎手志望の場合
競馬に関わる人にとって、藤森神社は「勝ち運」と「人馬安全」を願う重要な場所です。
まずは本殿で、自分や応援している馬、所属厩舎の安全と活躍を心の中で具体的に祈りましょう。
そのうえで、境内の神馬像の前で手を合わせたり、馬に関する絵馬やお守りを授与してもらうと、より気持ちが整いやすくなります。
藤森ステークスやG1レースの前後に参拝する人も多く、11月の駪駪祭には、騎手や新人ジョッキーが集まる年もあります。
レースの勝敗に直結するかどうかはさておき、心を落ち着かせて自分のやるべきことに集中するための「儀式」として参拝を位置づけると良いでしょう。
乗馬をしている人や、単純に馬が好きな人の場合
競馬にはあまり興味がないけれど、乗馬をしていたり、馬という動物が好きだったりする人にとっても、藤森神社は魅力的な場所です。
駈馬神事や神馬像を通して、人と馬がともに生きてきた歴史を感じられるので、馬の健康や安全を願う気持ちで参拝すると自然です。
クラブで一緒に頑張っている馬の名前を心の中でそっと唱えたり、馬の写真をスマートフォンに入れてお守りと一緒に携帯する人もいます。
馬の世界に関わる者同士として、「これからも無事に、長く一緒に過ごせますように」と祈る時間は、日々の練習やお世話の励みにもなります。
受験やスポーツなど「勝負どき」に参拝する場合
藤森神社は、勝負運と学問の神様としても知られているため、受験生やスポーツ選手が参拝するケースも多くあります。
この場合、馬に直接関わっていなくても、「勝負どきに力を貸してほしい」という気持ちで参拝すれば問題ありません。
本殿で志望校や大会名、目標順位などをできるだけ具体的にイメージし、一歩ずつ努力を積み重ねる決意を伝えましょう。
その後で、勝運守や学業守を受けたり、絵馬に目標を書いて奉納すると、日々の生活の中で気持ちを引き締める支えになります。
午年・干支と藤森神社のつながり
「午」が「馬」と結びついた理由のかんたん解説
干支は、年や方角、時間を表すときに使われる記号のようなものです。
「午」はもともと、1日のうちの「正午」付近を指す文字で、そこから南の方角を表す記号としても使われてきました。
古代の中国では、干支の漢字を覚えやすくするために、それぞれの文字に動物を当てはめる工夫が行われ、「午」には群れを作って生活する馬が割り当てられたと言われています。
この流れが日本にも伝わり、「午=馬」「午年=馬年」「南=午の方角」という対応が定着しました。
藤森神社が平安京の南、つまり午の方角を守る社とされてきたことも、「午=馬」と結びついて「馬の守護神」というイメージを強める要因の一つになっています。
菖蒲の節句と勝運信仰の関係
5月5日の藤森祭は、「菖蒲の節句(端午の節句)」の発祥の祭と伝えられています。
もともと菖蒲は、邪気を払う薬草として中国から伝わり、5月に菖蒲を用いた厄除けを行う風習がありました。
日本では、菖蒲の読みが「尚武(武を重んじる心)」や「勝負」と通じることから、やがて男の子の成長を祝う節句として広まり、武家社会では家の後継ぎを守る重要な日となりました。
藤森神社が勝運の神として信仰される理由の一つは、この菖蒲の節句と深く結びついている点にあります。
「端午の節句」「午の方角」「馬の駈馬神事」という要素が重なり、藤森神社は時代を通じて「勝負と馬」のイメージを育ててきたと言えるでしょう。
参拝前に押さえておきたい基本情報
アクセスと所要時間の目安
藤森神社は、JR奈良線「藤森駅」から徒歩約5分、京阪本線「墨染駅」から徒歩約7分ほどの場所にあります。
京都駅からもアクセスしやすく、伏見エリアの観光と組み合わせて一日プランを組むのにも便利です。
境内の参拝だけであれば1時間前後で回れますが、宝物殿や紫陽花苑、菖蒲園をゆっくり見たい場合や、駈馬神事・藤森祭の行列を見学する場合は、半日くらいの余裕を見ておくと安心です。
混雑しやすい時期とおすすめの時間帯
もっとも混雑するのは、5月1〜5日の藤森祭期間と、初夏の紫陽花が見頃を迎える時期です。
駈馬神事は特に人気が高く、午後の本番が近づくと参道周辺に人が集まりやすくなります。
静かに参拝したい場合は、祭礼期間を外した平日の午前中、開門から午前10時頃までが比較的落ち着いています。
花の季節や午年の初詣など、どうしても混雑する時期に行く場合は、時間に余裕を持って動くようにしましょう。
合わせて訪れたい周辺スポット
伏見エリアには、伏見稲荷大社や東福寺など、歴史ある寺社が多数点在しています。
藤森神社の藤森祭では、伏見稲荷大社や東福寺方面への行列も行われるため、同じルートを辿るように周辺の寺社を巡ると、地域全体の歴史がより立体的に感じられます。
午年や競馬に関心がある人であれば、京都競馬場や、他の馬ゆかりの神社(田中神社・京都乃木神社・許波多神社など)も組み合わせて「馬の社寺めぐり」を楽しむのも一つのアイデアです。
まとめ|藤森神社が「馬の神社」と呼ばれる理由
藤森神社が「馬の神社」と言われるようになった背景は、次の3つに整理できます。
- 平安京から見て午の方角にあたる洛南・深草に鎮座していること
昔の都人は方角と干支を結びつけて考えており、「午=馬」というイメージと、藤森神社の立地が重なって「馬と縁のある社」と意識されてきました。 - 千年以上続く馬の神事「駈馬神事(かけうましんじ)」があること
戦場さながらの実戦騎乗術を思わせる妙技が奉納されるこの神事は、日本有数の「馬の神事」として知られ、藤森神社=馬というイメージを強くしています。 - 競馬関係者やファンが勝負運と馬の無事を祈って参拝してきたこと
天皇賞馬タマモクロスなどのエピソードも重なり、境内には馬の像や馬を描いた絵馬・お守りが増え、「競馬の聖地」「馬の神様に会いに行く神社」という評価が広まりました。
参拝のときにこの3つを頭に入れて境内を歩くと、「なぜ藤森神社が馬で有名なのか」が自然と腑に落ちてきますし、駈馬神事や馬にまつわる授与品も、より意味を感じながら味わえるはずです。

